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クッキー缶をお取り寄せしてみたけれど、結局食べきれなかった。開封したときは「こんな少しの量、すぐなくなってしまう!」と思うのだけど、全然減らないという…
最近は、シャワーを浴びた後にストレッチしたり、お香を焚いたり、新しい音楽に触れたり、できるだけ身体を労わるようにしている。でも、ストレッチされている実感ゼロといえるほどに身体が硬い。若い頃は「わたし、めちゃくちゃ身体硬いんですよ〜」と「わたし、平熱低いんですよ〜」をなぜか自慢ぽく言っていたけれど、どちらもこの歳になると深刻である。
ヘッドスパ とかフットケアにも行った。こういうリラクゼーションにお金をかけたくない時期もあるけど、今はとにかく癒しを外注しないと生活がままならない。
回復期
最近は「自己愛性パーソナリティ障害」についての知識を得て、職場でときどき起こるトラブルや、自分を悩ませる同僚について何となく整理がついてきた。
慕われているはずなのに、絶妙に私の嫌がることをするのか理解できなかったけど、きっと彼女にその意識はない。自己愛性の人と対応する時は、まともに話を聞いてはいけない・否定してはいけない(激昂し攻撃的になり、エネルギーを消耗するのだそう)、できれば距離を置く…のが良いそうですよ。
色々と動画を見たけれど、カウンセラーや精神科医がこぞって「自己愛はたちが悪い」と評しており、ようやく諦めがついたかもしれない。話を尽くしても理解してもらえないのだ。
友達を呼び出してスペイン料理。
ここは細ながいお店でカウンター中心、店員さんがスペイン人で本場のような雰囲気がある(店員さん、日本語は少し苦手でたまに注文間違えるけど)。5年くらい前にバルセロナに行った時、ドキドキしながらバルに入りお客さんがぎゅうぎゅうにいる中でピンチョスをつまんだことを思い出す。明るいうちからワインを飲んで、ふわふわしながらホテルまで歩いたこととか。そういう瞬間、私は無敵で、自分で手配して日本から遠い国にあること、言葉が通じなくても注文して、食べて飲んで、生活できることに誇りを持っていた。好き嫌いがないことや、何を食べてもお腹を壊さないのも自慢。
海外に行けないから弱っているのかな、と思わなくもない。
行動力が死んだ
不許複製
憂鬱はいつもすぐそばにいて、隙を狙って心を侵食するものだな。
最近ひどく疲れているので、休日は仕事のことは考えないようにしているけれど「考えないようにする」のもなかなか疲れる。どうしたら疲れないのだろう。
草原に寝転んで少しうたた寝でもしたらリフレッシュできるだろうか、などと考えるが草原がどこにあるのか分からない。
数ヶ月前に書いた文章が下書きに残っていたので公開しますね。
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昨日、たまたまTwitterでマグリットの「不許複製」を見たところから名古屋で気になる展覧会が開催されていることを知る。知ったからには行くしかないので、泊まるのか?日帰りか?とか、いつがベストか?(展覧会は24日までである)とか、ごはん何食べる?とか考えて疲れた。もともと生理中で体調はよろしくない。
この絵はオランダにある。
本当にごく稀なことだけれど、それを見る前後で自分が「変わった」と感じる絵画がある。最近見たものだとカラヴァッジォやムンクの「憂鬱」がそう。その画家が好きかどうかは一旦置いておいて、その作品にどうしようもなく惹かれてしまう現象。
癒しと贅沢についての彼是
海外旅行に出かけられなくなり、ライブやコンサートがなくなり、時には近所の映画館にすら行けなくなって一年半。
お金の使い方が分からなくなったので医療脱毛を始めた。顔脱毛が終わったらシミと毛穴を抹殺したい。
コロナ以前はちっとも興味がなかった温泉に行きたい。この前、新宿の由縁で入った温泉は素晴らしかった。私はこれまで、あんなにはっきりと「癒されている」という感覚をもったことはない。温泉に興味がなかったのは剃毛が面倒だったからで、脱毛すれば気兼ねなく行けるから都合がいい。
繰り返しになるが、お金の使いどころがないのでしばしば一泊5万とかする宿に泊まろうと画策するのだけど、なぜか予約に至らない。結局ビビってるんだと思う。
お金の使いどころがないので歯列矯正をしようかとか、いやそろそろ家を買うかとか、頭に思い浮かぶものの決心がつかない。この歯並びで何十年もやってきたじゃん、どこに家を買うんだよ、そもそも家って買う必要あります?
一人だとライフステージも何もないので、自分が決めなければ何も変わらないし、変わる必要性もない。誰かと暮らすから引越す、子供が産まれたので家を買う、みたいな理由がない。
考えるのが面倒なのでとりあえず寝る。